影と光のこと・他
2009-10-23(Fri) 03:50:49
古代語のゼミだった。
私たちの担当は、「しる(知る)」という言葉について、
万葉集から用例を探し、考察することだった。
ペアを組んだのが、1つ年下の
ちょっとオトコマエの男子だったこととは無関係に(笑)
結構真面目に準備をした。
「しる」という言葉には、こんな意味もあるし、
あんな意味もあるんだよ、と、たくさんの用例を拾って分類し、
そこそこ頑張ってレポートしたつもりでいた。
でも、ドキドキしながらの発表を終えた時、聞こえてきたのは、
先生の「う~ん、困りましたねぇ…」という、絞り出すような言葉だった。
私たちの担当は、「しる(知る)」という言葉について、
万葉集から用例を探し、考察することだった。
ペアを組んだのが、1つ年下の
ちょっとオトコマエの男子だったこととは無関係に(笑)
結構真面目に準備をした。
「しる」という言葉には、こんな意味もあるし、
あんな意味もあるんだよ、と、たくさんの用例を拾って分類し、
そこそこ頑張ってレポートしたつもりでいた。
でも、ドキドキしながらの発表を終えた時、聞こえてきたのは、
先生の「う~ん、困りましたねぇ…」という、絞り出すような言葉だった。
「困りましたねぇ…」というのは、その先生の口癖で、
当時よく、友達とふざけて真似をして、笑い転げたりしていた。
しかし、学問的には厳しいけれど、
お人柄は優しくてみんなに愛されていた先生から、
初めて直に自分に向けて、この「困りましたねぇ…」が発せられた時、
すっかり途方に暮れてしまった。
先生のおっしゃることは、こうだった。
“必要なのは、「しる」という言葉のたくさんの意味を、
列挙することではない。
別々の意味で使われているのに、
どうしてどれもこれも同じ「しる」という言葉で表されているのか、
それを考えてほしいのだ。
君たちは、まるっきり逆のことをやっている。”
目から鱗が落ちる思いがした。
結局、私たちのレポートは、やり直しになった。
翌週の再発表も、結局は、幼くて拙いものだったと思う。
でも、あの時自分の中で、何かが確実に変わったと思うから、
こんな小さなことが、今も忘れられない。
“一見しただけでは共通点が見当たらない、
ひどくかけ離れたもの同士なのに、
よくよく考えれば、地下にはつながる流れが隠れている。
それを探り当てなさい。
そこには、雑多な対立に満ちみちた世界に向き合うための
大切な鍵が隠されているんだ。”
そう教えられた気がした。
---------------------------------------------------
私はそこらにゴロゴロいる、ミーハーな類の、姜尚中ファンだが、
彼と森達也が、戦争の記憶の残る土地を実際に訪ね歩きながら
対談を重ねた『戦争の世紀を超えて』(講談社、2004.11)には、
殊更に思い入れがある。
また、あまり網羅的に辿ってはいないけれど、
その昔、映画「A」「A2」のビデオを借りて見て以来、
そして、彼の著書である『放送禁止歌』をかなり熱中して読んで以来、
森達也の仕事も好きだ。
ポーランドのイエドヴァブネ村で1941年に起こった惨劇
(ナチスではなく、ポーランド系住民たちが、ユダヤ系住民たちを
大量虐殺したという事件)について、
森は『戦争の世紀~』の冒頭近くで、こう語る。
〈凶暴で残酷な人だけが人を殺すわけではなく、
普段は善良で優しい父や息子たちが、昨日までの隣人を大量に殺し、
そして殺される。このメカニズムに、戦争や虐殺が世界から
なくならない理由が隠されている。僕はそんな気がするんです。〉
温厚な家庭人と殺戮者。
相反するこの二つに類した顔は、おそらく私の中にも息づいている。
大原富枝の小説「ストマイつんぼ」の女性主人公は、結核で病臥しながら、
ある日、新聞で、殺人事件の報道記事を目にし、
〈兄殺しの罪に堪えて生きているはずのU君と、わたしのなかにも
住んでいる殺人犯性のために、数日をわたしは兄弟の不幸に堪えて過す〉
と語る。彼女は療養のためにほとんど寝たきりの、かよわい女性だ。
〈わたしのなかにも住んでいる殺人犯性〉。
果たしてどれだけの人が、自らのうちに潜むそれに気づいているだろうか。
気づいたとして、どれだけの人が、そのどぎつい現実を、潔く認めうるだろうか。
---------------------------------------------------
「かげ(影・陰・蔭・翳)」を辞書で引くと、
一番最初に、〈日・月・灯火などの光〉と書かれている。
「月影」は月の光、「星影」は星の光。
その昔、「かげ」という語が、なぜ陰と陽の相反する意味を合わせ持つのか、
不思議に思ったことはあるけれど、理由を調べたことはない。
しかし、光が影をつくりだすことを思えば、
この二つの言葉は、対義語というよりはむしろ、類語というべきか。
実際、影は常に暗いものとは限らない。
陽射しの下、水面に映る影は、明るくゆらめいているし、
また、光も常に明るいものとは限らない。たとえば、月の光。
昨日の通勤時、何だか無性に聴きたくなって
黒田の「overflow」と「月光」を何度もリピートした。
「overflow」の、〈青くにじむ月のしずく〉の世界。
涙の湖。ぬれた頬に感じるような、ひんやりした空気。
ゆっくりと流れる風。
光はすべて、うっすらとした、青い影をまとっている。
そして「月光」の、たとえば次のようなフレーズ。
〈どうしようもない事だって 報われはしない事だって
ゴールに待つ真実のため 最後まで身に纏って 走れ〉
“光を目指して走る時も、
「影はネガティブなものだから」と、切り捨てなくていい。
むしろ、〈真実のため〉に、影を最後まで手放すな。”
しっくりくる。納得がいって、心底ここちよい。
だって影をまとわない光なんて、インチキ臭くて堪えがたいじゃないですか。
当時よく、友達とふざけて真似をして、笑い転げたりしていた。
しかし、学問的には厳しいけれど、
お人柄は優しくてみんなに愛されていた先生から、
初めて直に自分に向けて、この「困りましたねぇ…」が発せられた時、
すっかり途方に暮れてしまった。
先生のおっしゃることは、こうだった。
“必要なのは、「しる」という言葉のたくさんの意味を、
列挙することではない。
別々の意味で使われているのに、
どうしてどれもこれも同じ「しる」という言葉で表されているのか、
それを考えてほしいのだ。
君たちは、まるっきり逆のことをやっている。”
目から鱗が落ちる思いがした。
結局、私たちのレポートは、やり直しになった。
翌週の再発表も、結局は、幼くて拙いものだったと思う。
でも、あの時自分の中で、何かが確実に変わったと思うから、
こんな小さなことが、今も忘れられない。
“一見しただけでは共通点が見当たらない、
ひどくかけ離れたもの同士なのに、
よくよく考えれば、地下にはつながる流れが隠れている。
それを探り当てなさい。
そこには、雑多な対立に満ちみちた世界に向き合うための
大切な鍵が隠されているんだ。”
そう教えられた気がした。
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私はそこらにゴロゴロいる、ミーハーな類の、姜尚中ファンだが、
彼と森達也が、戦争の記憶の残る土地を実際に訪ね歩きながら
対談を重ねた『戦争の世紀を超えて』(講談社、2004.11)には、
殊更に思い入れがある。
また、あまり網羅的に辿ってはいないけれど、
その昔、映画「A」「A2」のビデオを借りて見て以来、
そして、彼の著書である『放送禁止歌』をかなり熱中して読んで以来、
森達也の仕事も好きだ。
ポーランドのイエドヴァブネ村で1941年に起こった惨劇
(ナチスではなく、ポーランド系住民たちが、ユダヤ系住民たちを
大量虐殺したという事件)について、
森は『戦争の世紀~』の冒頭近くで、こう語る。
〈凶暴で残酷な人だけが人を殺すわけではなく、
普段は善良で優しい父や息子たちが、昨日までの隣人を大量に殺し、
そして殺される。このメカニズムに、戦争や虐殺が世界から
なくならない理由が隠されている。僕はそんな気がするんです。〉
温厚な家庭人と殺戮者。
相反するこの二つに類した顔は、おそらく私の中にも息づいている。
大原富枝の小説「ストマイつんぼ」の女性主人公は、結核で病臥しながら、
ある日、新聞で、殺人事件の報道記事を目にし、
〈兄殺しの罪に堪えて生きているはずのU君と、わたしのなかにも
住んでいる殺人犯性のために、数日をわたしは兄弟の不幸に堪えて過す〉
と語る。彼女は療養のためにほとんど寝たきりの、かよわい女性だ。
〈わたしのなかにも住んでいる殺人犯性〉。
果たしてどれだけの人が、自らのうちに潜むそれに気づいているだろうか。
気づいたとして、どれだけの人が、そのどぎつい現実を、潔く認めうるだろうか。
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「かげ(影・陰・蔭・翳)」を辞書で引くと、
一番最初に、〈日・月・灯火などの光〉と書かれている。
「月影」は月の光、「星影」は星の光。
その昔、「かげ」という語が、なぜ陰と陽の相反する意味を合わせ持つのか、
不思議に思ったことはあるけれど、理由を調べたことはない。
しかし、光が影をつくりだすことを思えば、
この二つの言葉は、対義語というよりはむしろ、類語というべきか。
実際、影は常に暗いものとは限らない。
陽射しの下、水面に映る影は、明るくゆらめいているし、
また、光も常に明るいものとは限らない。たとえば、月の光。
昨日の通勤時、何だか無性に聴きたくなって
黒田の「overflow」と「月光」を何度もリピートした。
「overflow」の、〈青くにじむ月のしずく〉の世界。
涙の湖。ぬれた頬に感じるような、ひんやりした空気。
ゆっくりと流れる風。
光はすべて、うっすらとした、青い影をまとっている。
そして「月光」の、たとえば次のようなフレーズ。
〈どうしようもない事だって 報われはしない事だって
ゴールに待つ真実のため 最後まで身に纏って 走れ〉
“光を目指して走る時も、
「影はネガティブなものだから」と、切り捨てなくていい。
むしろ、〈真実のため〉に、影を最後まで手放すな。”
しっくりくる。納得がいって、心底ここちよい。
だって影をまとわない光なんて、インチキ臭くて堪えがたいじゃないですか。
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